コリント人への第一の手紙 14:8-22 日本語話し言葉 1955 (JA1955)

8. また、もしラッパがはっきりした音を出さないなら、だれが戦闘の準備をするだろうか。

9. それと同様に、もしあなたがたが異言ではっきりしない言葉を語れば、どうしてその語ることがわかるだろうか。それでは、空にむかって語っていることになる。

10. 世には多種多様の言葉があるだろうが、意味のないものは一つもない。

11. もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である。

12. だから、あなたがたも、霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊かにいただくように励むがよい。

13. このようなわけであるから、異言を語る者は、自分でそれを解くことができるように祈りなさい。

14. もしわたしが異言をもって祈るなら、わたしの霊は祈るが、知性は実を結ばないからである。

15. すると、どうしたらよいのか。わたしは霊で祈ると共に、知性でも祈ろう。霊でさんびを歌うと共に、知性でも歌おう。

16. そうでないと、もしあなたが霊で祝福の言葉を唱えても、初心者の席にいる者は、あなたの感謝に対して、どうしてアァメンと言えようか。あなたが何を言っているのか、彼には通じない。

17. 感謝するのは結構だが、それで、ほかの人の徳を高めることにはならない。

18. わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多く異言が語れることを、神に感謝する。

19. しかし教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちをも教えるために、むしろ五つの言葉を知性によって語る方が願わしい。

20. 兄弟たちよ。物の考えかたでは、子供となってはいけない。悪事については幼な子となるのはよいが、考えかたでは、おとなとなりなさい。

21. 律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」。

22. このように、異言は信者のためではなく未信者のためのしるしであるが、預言は未信者のためではなく信者のためのしるしである。

コリント人への第一の手紙 14