13. 次に、土の浅い石地とは、喜んで教えは聞くものの、ほんとうの意味で心に根を張れない状態のことです。 教えられたことはいちいちもっともだと納得し、しばらくの間は信じているのですが、迫害の嵐がやってくると、すぐにぐらついてしまうのです。
14. いばらの中の種とは、聞いて信じても、その後、いろいろな心配事や金銭欲、また人生のさまざまな重荷や快楽などに、信仰を妨げられてしまう人のことです。 これでは、せっかく教えを聞いても、だれにも話して聞かせることができません。
15. 良い土壌とは、素直で正直な心の人を表わします。 こういう人は、神のことばを聞くと、それをしっかり守り、辛抱強くほかの人に話してあげるので、大ぜいの人が信じるようになるのです。」
16. また、次のようなたとえ話もなさいました。「ランプをつけてから、すっぽりおおいをかけ、光をさえぎる人がいるでしょうか。 ランプはあたりを照らすように台の上に置くものです。
17. これは、いつの日か、すべてのことが明るみに出されることを示しています。
18. だから、どのように聞くか、よく注意しなさい。 持っている者はもっとたくさん与えられ、持っていない者は、持っているつもりの物までも、取り上げられてしまうからです。」
19. ある時、母と弟たちがイエスに会いに来ました。 ところが、イエスが教えておられた家は黒山の人だかりで、とても中へは入れません。